ガラスのそらに




ガラスの そらに、
くもが
しろい いきを
はきながら おどる
この カラリとした日に、
おおきな木は
たくさんの うでを
ひろがるだけ
ぞんぶんに ひろげて、
みどりを まきちらした
その うでを
ざわざわざわざわ
ゆらしながら
かおる くうきを
まんきつするのです。







そんな木は、
みどりで はちきれそうな
このおかの いただきに
ゆらりと こしを おろして
ポカポカの おひさまに
あたためられながら
めを とじ、
まわりでする
さまざまな
たのしげな おとやら
おんがくやらに
みみを かたむけておりますと、
なにやら
さみしげな ためいきが
きこえてくるのに
きが つきました。







おかの ふもとのほうに、
おいしそうに ぴかぴかの
だいだいいろをした やねの
ちいさな いえが
ポツンと ひとつ、
さみしそうに たっています。
その いえには
まっしろい
ゆきみたいな
ちいさな しょうねんが
すんでいて、
ためいきは どうやら
そこから ながれてくるようです。







しょうねんは
からだが あまり
じょうぶでないので、
どんなに でたくても
そとに でることができず、
しかたなく
まいにちのように
まどべに うでを くみ、
むらさきや ももいろや
きいろの はなやら
その そばを とりかこむ
くさの みどりやら
ながれる みずやら
くもや そら、
それから たくさんの
すべての きれいなものを
ながめ ながめて
くらしていました。







しょうねんは
それら すべてのものが
だいすきで だいすきで
しかたありませんでしたが、
ぎゃくに
かなしくて かなしくて
しかたありませんでした。
なぜなら、
それら きれいなものを
めで たのしむことは
ぞんぶんに できますが
そとへ でられない
しょうねんには
てで ふれたりすることは
たとえ ほんの ちょっぴりだって
できるわけが
ないからなのです。







ふいに
そとを ながめる
しょうねんの めに、
ちいさな
キラキラしたものが
うつりました。

あめです。







「あめの しずくは
だれかが ながしてる
なみだ。

そらだ!
そらが ないているんだ。

ぼくが そとの
だいすきなもの すべてに
ふれられないように、
そらも ぼくたちに
ふれられない。
それが かなしくて
ないているんだ。」







「ぼくには
そらの きもち
いたいほど わかる。

こんなにも だいすきなのに
ふれられない
すべての ものの ことを
おもって
ないているんだ。」







そんなことを
ぼんやりとして
かんがえていた そのとき、
「ぽとん」と
つめたくて ちいさなしずくが
しょうねんの
まっかな ほおに
おちたのです。







「ああ、
そらが ないてる。
そらの なみだ!」

しょうねんは
もう たまらなくなって
そとへ とびだしました。







かれは あめのなか
かけつづけます。
あしは もつれそうに
くさばなに からみ、
つめたい くうきは
しょうねんの
かみやら めやらに
ふきこんで、
それはもう
かれの からだを
ひやすのです。
しんぞうは
はりさけそうに みゃくをうち、
いきぐるしくて
めまいが しそうになってさえ
しょうねんは あめのなか
かけつづけます。
たとえ つめたい くうきでも
びしょぬれの くさばなでも、
ふれられることが うれしくて
たまらないのです。







「おかのうえの おおきな木。
いちばん そらにちかい、
あの木の ところまで…」

しょうねんは、
あめのなか
かけつづけました。







おおきな木は
たくさんの うでを
ひろがるだけ
ぞんぶんに ひろげて、
みどりを まきちらした
その うでに
さわさわさわさわ
ひかる しずくを うけています。
そんな木は
しっとりと ぬれた
すずしい くうきを すいこみながら
めを とじ、
じぶんの からだに
ふりそそぐ
しずかな おとに
みみを かたむけて おりますと、
ふと その おおきなあしに
なにかが ふれるのに
きが つきました。







あの まっしろい
ゆきのような
ちいさな しょうねんが
そらの なみだに
びっしょりと ぬれ、
あおむけに なって
ねころんでいたのです。







「ああ、
あたたかい なみだだね。
ぼくは しってるよ、
この なみだ。
ぼくが ながす なみだと
おんなじなんだよ。

きみに あいたいなあ。
ぼくと おんなじ きみに。

あいに いくよ。
いいでしょう?」







しだいに しずくは
ちいさくなり
すくなくなり、
やがて すきとおる
ガラスの そらが
しろい いきを
はきながら おどる くもを わって
ちらちらちらちら
のぞきだし、
ついには いちめん
あおい フィルムを
はったように
カラリと はれたのです。







ねころんで
つめたくなった しょうねんは、
めを とじたまま
もう うごきませんでした。
しょうねんは
うつくしい はしごを つたって
そらへ のぼったのです。
しょうねんは
そらと いっしょに なったのです。







おおきな木は、
たくさんの うでを
ひろがるだけ
ぞんぶんに ひろげて
みどりを まきちらした
その うでに
あたたかな
そらの ひかりを
ざわざわざわざわ
ゆれながら
あびているのです。




end.





top